【留学体験談】マレーシアが日本に占領された当時の話をしてくれたおばあちゃん~マレーシアと日本の歴史~

【留学体験談】マレーシアが日本に占領された当時の話をしてくれたおばあちゃん~マレーシアと日本の歴史~

✅この記事を読んでほしい人

・マレーシアの歴史に触れてみたい人。
・マレーシア留学を決めている人。
・マレーシアのおばあちゃんの話が知りたい人。

✅この記事でわかること

・マレーシアの歴史
・マレーシアと日本の関係性。

こんにちは、トムヤムクンです。

題名がかなりシリアスな内容なのですが、気楽に読んでいただける内容になっています(笑)

あなたの歴史の知識はどれくらいありますか?
私は戦国時代まで歴史の成績はすごくよかったのですが、恥ずかしながら近代史(いわゆる、日本が戦争に突入していく時代)はすごく苦手でしたので、そこまで詳しくはありません。

ここであなたに質問です。

【日本が占領した国といって出てくる国といえば、『韓国と北朝鮮、中国』の3カ国が真っ先に出てくると思いますが、他にも日本が占領した海外の土地はどこでしょうか?】

実は東南アジアの国々も日本に占領されていた背景あります。
他にもテストにも出てきた遼東半島や、台湾、ロシアの樺太、香港、フィリピン、ミャンマー(ビルマ王国)、ラオス、ベトナム、カンボジア、マレーシア、インドネシア、南洋諸島、ブルネイ、東ティモール、グアムなどたくさんの国を日本は占領しています。

日本という国は不思議な国で、戦争で負けた後にトップである天皇陛下は国の象徴となり、権力を失っただけで死罪にはなっていません(もちろん、当時の首相や役人は罰せられましたが・・・)。
他にも、日本は戦争に負けたのにもかかわらず、北方領土と沖縄などの一部地域を除き、ほとんどの国民は、戦争に行った経験、戦時を経験はあっても、自分の国が直接的に占領されたという経験はしていません。

すごく私には不思議に感じてなりません。戦争で負けてトップが死罪にならず、なおかつ占領されなかった国ってそんなにありませんよ。

今回は、簡単なマレーシアが占領されていた歴史と、マレーシアのおばあちゃんから聞いた日本に当時占領されていた時のリアルな経験談をあなたに伝えられればうれしいです。

マレーシアの歴史

マレーシアの歴史といっても、ポルトガルに占領されていた話などは無しで、日本が占領していた前後の歴史に限定します。

もっと詳しくマレーシアの歴史を知りたい

多民族国家マレーシアの人種

マレーシアのおおまかな人種は3つ。

・中華(中国)系(中国から南下してきた人々or, イギリスの移民政策。)
・マレー系(もともとマレーシアに住んでいた原住民。)
・インド系(イギリスの移民政策によってマレーシアに来たインド人。)

日本によるマレーシア占領

日本占領前

マレーシアは、1800年の初めごろからイギリスによって支配されていました。その以前は、ポルトガルや、オランダによって占領され、植民地政策を強いられていました。
イギリスによる支配が始まってから約100年後の1900年代の初め、イギリスがマレーシアの植民地政策が始まり、このころマレーシア
全土がイギリスの植民地となっていました

また、イギリスの移民政策の際に中華系(中国人)とインド系の人々が次々とマレーシアに来ました。
これがきっかけで今では、多民族国家としてマレーシアは有名です。

ですが、この3つ人種は私の聞いた友達からの話だと、実際に仲はあなたが想像するほどよくはありません。
友達レベルでは仲がいいですが、それぞれお互いにどこか引っかかるものがあるのか、少し仲良くなるまでは警戒しているような印象。特に政治ではその色が濃いイメージがあります。

なので、たいていは中華系は中華系とよくいるし、マレー系はマレー系と、インド系はインド系とつるんでいる印象があります。

話が脱線したので戻して…
このイギリスの移民政策によって、優遇を受けた中華系とインド系が、マレーシアの主要産業であった天然資源の採取を独占しました。この結果、マレー系の人々は仕事を失い貧困に悩まされることになりました。

また、この流入によって太平洋戦争開戦直前には、中華系の人口がマレー系の人口を超すまでに増えていきました。

日本攻撃開始

1942年12月8日、日本が真珠湾に攻撃を仕掛けた際、日本軍はそれと同時にマレーシアへ進撃を始めました。当時マレーシアを占領していたイギリスは、シンガポールの海岸で日本軍を迎え撃つ予定でした。
しかし、日本軍はマレーシア東海岸に上陸しました。そして、イギリスの政策に不満を抱くマレー人の協力を得て、自転車を使って森を南下していくという、誰も想像しない奇策でシンガポールまで攻め、イギリス軍と交戦。

イギリス軍もまさか、森から攻めてくるとは考えてもいなかったので、1942年2月15日、パーシバル中将は、無条件降伏しました。

イギリスの降伏~現地人の反応~

マレー系・・・
イギリスの政策によって、中華系やインド系がマレーシアに来ただけでなく、自分たちの仕事を取られ、失う結果になったこともあり、非常に日本の占領には好意的でした。イギリスを追い出す際に、日本に協力したことからも分かるように。

中華系・・・
日本の占領以前、中華系はイギリスから優遇されていたため、日本の占領には非常に不満を持っていました。また、中国と日本は当時、日中戦争真っ只中であったこともあり、反日感情が強くありました。
他にも、中華系は日本の占領以前から、マレー系をはじめとする他の民族に対しての暴力が目立っていました。

このようないろいろな背景もあり、活発にテロ行為に及んだことから、日本軍は中華系の人々に弾圧を加えます。

インド系・・・
インド系の人たちは、もちろんイギリス側としてシンガポールで日本を待ち受けていましたが、実はシンガポールでの戦闘の最中に、日本側に寝返るような手はずが整っていました。
インド系の人々が戦闘に参加する前に、イギリスが無条件降伏してしまったため、この作戦が実行されることはありませんでした。
イギリス降伏後、6万人にものぼるインド兵たちは、日本の支援もあり彼らは「インド国民軍」という組織を結成し、インドへ渡り、その後のインド独立に大きく貢献しました。

そういった背景もあり、インド系の人々は日本の占領には好意的な人が多かった。

日本の植民地政策

これは完全なる失敗に終わります。
ひとつ前の章で紹介したように、日本の占領に好意的だったマレー系やインド系など人々からも、日本の政策は全く評価されることはありませんでした。

政策の一つとして、日本はシンガポールを「昭南島」名前を変え、シンガポールとしてではなく、日本の都市のように扱い始めました。
それと同時に、マレーシアの現地の人たちに日本語教育義務化神社を建立など、日本の文化を植え付けようとした結果、日本は暴力的かつ、強引な方法でこれらの政策を推し進めていきました。

このような強引な政策などから、現地の人々の心は少しずつ日本の植民地政策から離れてきました。

しかし、日本軍は中華系の人々を弾圧したのとは逆に、マレー人を徹底的に優遇しました。例えば、マレー人のための学校の建設や、政治政党の結成、イスラム教の容認、昭南興亜訓練所(マレー系の人材育成機関)、エリートを育成するなど、イギリスから冷遇されていたマレー系の人たちを特に優遇をしました。

このマレー系の人たちへの優遇政策は、戦後のマレーシア独立に大いに貢献したとされています。

日本の占領時代を生きたマレー系のおばあちゃんの話

実は、毎年チャイニーズニューイヤーに中華系マレーシアの友達の家族に誘われて、食事をしています。

【留学体験談】これが本物のチャイニーズニューイヤー!中華系の友達の家に招待された話。

初めてこの食事に誘われた際に、そこのおばあちゃんが私が日本人と知ると、占領時代の話をしてくたのでそのまま書いていこうと思います。もちろん、かなり前の話なので簡単に覚えている範囲で書いていきます。

おばあちゃんは、日本の占領時代は工場で働いていました。幼いころから、朝から晩まで毎日毎日働いてすごく疲れたし、最悪だったとおばあちゃんは私に伝えました。

私はなんて返答したらよいのかわからず、ただただ黙ってうなずきながら話を聞いていました。今考えればしょうがないなとは思いますが、あの時はけっこう焦ってました。

・・・次は何を言われるんだろう・・・と。

だって、日本でおじいちゃんや、おばあちゃんから聞く戦争に関する話といえば
【戦争は絶対ダメ】、【すいとん食べていた】、【特攻隊】
といった内容の話は聞いたことはありましたが、今思うとそれは加害者側からみた戦争の話。

逆に被害者側の話といえば、教科書くらいでしか見たことありません。
教科書で見たといっても、その現地で被害にあった人の経験談ではなく、日本が戦車や戦闘機に乗って攻撃している写真や、兵隊の写真がほとんど。
また、リアルな声が教科書で取り上げられている際は、赤紙によって招集された兵士から家族へむけられた手紙や、特攻前日に書いた手紙などを見た記憶はありますが、日本によって占領されていた国の人々の声は見たこと・聞いたことがありません。

授業でも戦争がなぜいけないかという理由は、
相手を傷つけるからやってはいけないという理由よりかは、自分の家族や大切な人が死んでしまうからやってはいけない!ように教えてもらった印象があります。

なんだろう、加害者から見える戦争と、被害者から見える戦争には違いがあるんだなぁとその時感じたのを今でもはっきりと覚えています。

話を戻して・・・私が今までマレーシアの歴史を調べた際、日本軍の暴力的であったり、強引な行動がすごく目立って現地の人々を傷つけたというものばかり目にしました。
その事実に違いはないと思いますが、このおばあちゃんからは日本軍によって暴力を振るわれたことはなかったようです。

もちろん、他の地域でそういった暴力行為などが行われていたのは事実でしょう。ですが、このおばあちゃんの働いていた工場の責任者の人はとても親切な人であったと、おばあちゃんから何度も何度も言われた。

『現場の高橋さんは、すごく親切で優しかった。噂では日本軍はヤバいやつら!だと聞いたけど、実際にはすごくやさしかった。』

と、おばあちゃんから言われた。自分は・・・よかったぁ~・・・とまずとりあえずは安心した。ボッコボコにされたんだけどなんて言われたら、まぁなんていいかわからないし、周りの空気が一転してシーンとしそうだったから(笑)

なぜマレーシアは親日国なのか?

占領や、植民地を経験した国の多くは、基本的には攻め込んできた日本対してにいいイメージは無いのが普通だと思いますが、台湾と同じでマレーシアは親日国として有名です。

なぜだと思いますか?

アニメや、日本の文化が影響していることは間違いありませんが、最大の要因はイスラム教の教えの影響が大きいのではないかなと個人的には考えています。

イスラム教では復讐はご法度です。どんなに相手からひどいことをされたとしても、困った相手に手を差し伸べるように優しくしなくてはいけないのです。
あなたの身近な例で例えるなら、
『相手を変えるなら、まずは自分が変わること。』
あなたも一度は聞いたことがあるのではないですか?イスラム教の教えではこの考え方はすごく重要なんです。

だからこそ、日本のことを憎んだり、恨んだりしている人が少ないのでだと思います。
その結果、日本の文化が入ってくることに対する抵抗感や違和感がなかったのかなと、自分は思っています。

他にも、当時の首相のマハティールさん(現在の首相でもある)によるルックイースト政策による影響も大きかったと思います。

ルックイースト政策・・・
Look East(東を見ろ!・・・直訳(笑))

つまり、西側(ヨーロッパ諸国)ではなく、東側(日本)をお手本として、これからのマレーシアを成長させていきましょう!という政策です。

まとめ

あなたがもし、マレーシアに留学するなら【日本はマレーシアを植民地化していた。】というこの事実は知っていてもらいたいです。なぜなら、たまに友達と話していてそういった話になることがあるからです。

もし、アメリカ人の留学生がクラスメイトだとして、たまたま原爆の話になったときに、

『え???原爆って日本に落ちてたの?知らなかったよ。』

なんて、仮にもし言われたとしたらあなたはどう思いますか?

あなたが少しでも嫌な気持ちになったのであれば、相手も同じ気持ちになると思います。
なので、そう思ったあなたには少しマレーシアと日本の歴史を勉強していってほしいなとは思います。

また、マレーシアに留学すると必ずマレーシアの歴史の授業が必修であります。日本による占領時代の授業が必ずあるので、きっと高確率であなたは先生に当てられますよ(笑)

・日本ではどれくらいマレーシアの占領の話について学ぶのか?
・どんな政策をとったかしっているか?

とか聞かれる可能性は少なくないので、予習を怠らないように!(笑)
たまに、原爆について聞かれたりもするのでそのあたりも準備するといいかも。

私が行った時期はちょうど原発の事故があった時期だったので、その話と合わせて原爆について授業で話した記憶があります。

今回は少し長くなってしまいましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。